やまがた橋物語

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京田川編[2]

◆出羽大橋(酒田)

出羽大橋(酒田)の写真 開通が市民の悲願だった出羽大橋。完成とともに最上川を往来する渡し舟の姿が消えた=酒田市

 最上川以南の川南地区と酒田市街地を結ぶ橋として、開通が市民の悲願だった「出羽大橋」。1972(昭和47)年、両羽橋と並ぶこの大きな橋が庄内地方に誕生した一方で、最上川を渡るための一つの交通手段が姿を消した。

 “選挙橋”。川南地区の住民によると、出羽大橋は着工前、そうやゆされることがあったという。国政選挙のたびに国会議員が建設を約束するが、いつまで待っても橋の工事が実現しないことからそんな名が付いた。出羽大橋が開通する前は、酒田の中心部と川南地区を行き来するには最上川上流の両羽橋を迂回(うかい)するか、渡し舟に乗るしかなかった。酒田市によると、現在の宮野浦地区と酒田港を結んだ渡し舟は平安時代からあったという。

 発着場があった宮野浦地区に住む阿部芳蔵さん(73)と佐藤紀己雄さん(66)によると、開通前の発着場は、最上川以南で取れた野菜や海産物を市中心部に売りに行く女性や、通勤客でにぎわっていた。一方で、風の強い日や最上川が増水している日はすぐに運休となり、不便だった。

 72年6月17日の開通式。「川南の人たちにとってこれ以上の喜びはなかった」。阿部さんは振り返る。「写真でみる酒田市史」には、大勢の市民が完成を喜ぶ当時の様子が掲載されている。渡し舟の最後の運航も同日行われ、市民を支えてきた大事な“足”は惜しまれつつ約千年の歴史に幕を下ろした。

 通勤のため渡し舟を使っていた佐藤さんには忘れられない光景がある。日本海に沈む真っ赤な夕日。「舟の上からあの夕日を見られなくなったのは少し寂しかったな」と当時を懐かしんだ。

2010/01/13掲載
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