やまがた橋物語

>>山形新聞トップ >>やまがた橋物語 >>京田川編 京田橋(庄内・鶴岡)

京田川編[12]

◆京田橋(庄内・鶴岡)

京田橋(庄内・鶴岡)の写真 国道345号バイパスに架かる京田橋。付近の集落はかつて、コメの集積地としてにぎわった

 庄内町京島と鶴岡市三和を結ぶ京田橋は2003年まで2本存在した。1本は国道345号のバイパス整備に伴い、1980(昭和55)年に架けられた新橋。もう1本は下流側にあった38年完成の旧橋。撤去された跡地は河川公園となり、古い親柱だけが残っている。

 現在の橋は長さ60メートル、幅15メートル。車がひっきりなしに行き来する。旧橋の近くはかつて「京田橋集落」と呼ばれ、大きな米倉庫や舟着き場があった。近隣の村々から馬そりや馬車で集められたコメは舟で酒田まで運ばれた。戦前までは商店や料理店などが立ち並び、にぎわいを見せていた。

 河川公園は2005年に三和地区の住民たちが整備した。あずまやを造り、記念碑も建立した。町内会長の冨樫達喜さん(62)は「当時の面影はなくなったが、ここに立派な橋があったことと、コメの集積地として栄えた集落の歴史を後世に伝えたかった」と話す。

 旧橋は地域住民にとって重要な生活橋だった一方、洪水の時には流木やごみが引っ掛かり、水害拡大の原因ともなっていた。だが、新しい橋ができても、取り壊さないでほしいという強い要望があった。元町内会長の冨樫義雄さん(78)は「三和の農家の人たちは庄内町側にも田んぼを所有している。農作業に行くのに、古い橋を渡る方が近くて便利だった」と語る。

 京田川集落は三和4区と呼ぶ。1996年、河川改修工事に伴い7戸が移転。うち5戸は今も4区内に住んでいる。区長の日向伸一さん(62)は橋の近くで商店を営んでいた。転居後、コンビニエンスストアに変えてからも、店のチラシにはあえて「京田橋」の地名を記載している。「この方が分かりやすいんだよ」。かつて繁栄を誇った地域への愛着が伝わってきた。

2010/01/27掲載
下流へ上流へ
[PR]
[PR]