やまがた橋物語

>>山形新聞トップ >>やまがた橋物語 >>金山川編 平岡橋(真室川)

金山川編[3]

◆平岡橋(真室川)

平岡橋(真室川)の写真 宿泊温泉施設「梅里苑」がある高台から望む平岡橋=真室川町

 「昔はここまでサケが上ってきた。橋の上からヤスを投げたり石を落としたりして、捕まえようとしたものだ」。橋の近くで散歩の足を止めた地元・真室川町平岡のお年寄りは、こう振り返る。現在の平岡橋が完成したのは一九九二年十一月。全長一二九・八メートル、幅一〇メートル。国道344号の改良工事に伴う架け替えだった。

 サケが上ったのは一世代も二世代も前の橋の時代。一九三六(昭和十一)年、今よりやや上流にコンクリート橋が架けられた。戦後、洪水で堤防が大きく削り取られ、橋げたも一部流失したため、橋を継ぎ足す工事も行われた。「サケが上ってきた」のはまさにそのあたり。やがて下流部や、先で合流する真室川、鮭川に水利施設などが建設されると、サケの遡行(そこう)は難しくなってきた。

 三十人近い死傷者を出した七五年の「八・六豪雨水害」を振り返るまでもなく、真室川町の歩みは水害との戦いを抜きには語れない。現に平岡橋もコンクリート橋の前は木橋で、何度も流されたという。今の橋が何代目になるのか、正式な記録は町や県にも残っていない。

 平岡橋を望むやや高台に住む柿崎宥存さん(83)は、戦前の木橋を覚えている。「昭和五年だった。洪水で流された橋の架け替えをしていた。河床に掘った穴に木製の橋脚を埋め込む作業。何本かのロープで橋脚をつり上げ、穴に打ち込んでいたのはお母さんたちだった。独特の掛け声が今でも頭に残っている」

 平成の架橋の際、地区内の行き来に便利なのでコンクリート橋を残してくれるよう地区挙げて県に要望したが、管理上問題が生じるとして撤去された。古い橋に至る旧道は堤防に突き当たって途切れ、初冬の気配が漂う川岸に立つ親柱だけが名残をとどめている。

2008/11/13掲載
下流へ上流へ
[PR]
[PR]