やまがた橋物語

>>山形新聞トップ >>やまがた橋物語 >>赤川編第2部 二児橋(鶴岡)

赤川編第2部[9]

◆二児橋(鶴岡)

二児橋(鶴岡)の写真 味わい深いつり橋の二児橋。右側に下田沢かたくり園がある=鶴岡市

 鶴岡市下田沢の青竜川が合流する地点。大きな岩が目立ち渓谷美が楽しめる。二児(ふたご)橋は旧朝日村の花カタクリが自生する「下田沢かたくり園」への玄関口だ。

 ワイヤロープでつった四十六メートルの木製橋だが、れっきとした市道だ。近年まで園の上流側に民家があり、一九七八(昭和五十三)年に朝日村道になった。現在の橋は六三年に架設。ワイヤは、さらに上流の倉沢橋が永久橋になった際のお古という。

 橋の起源は謎だ。かたくり園の土地所有者で「カタクリおじさん」の愛称を持つ菅原民雄さん(79)によると、明治時代にはあったといい、山際に広がる水田を行き来するための橋だった。思い出は尽きない。四〇年の大水では、炭焼き小屋もろとも流された。橋が腐食して息子が乗ったトラクターが抜け落ちそうになったことも。しかし、何より少年期の川マス捕りの思い出が強烈。「ヤスを持ったベテランの言う通り、川に石を投げ入れて岩陰に隠れたマスを追い出すと、褒美に何本かもらった」。

 いわくありげな名称だが、実はこれもはっきりしない。地元の農業三浦忠さん(73)も「橋ができるころ、集落で双子でも生まれたのかな」と首をかしげる。水田はやがて減反でクリ林になり、ワラビとともに自生するカタクリの名所に生まれ変わった。

 かたくりを守る会は、二十八世帯の住民全員で組織。春の連休前になると、踏み荒らされないようテープを張るのが恒例だ。三ヘクタールの園内は残雪やフキノトウとのコントラストが映え、アマチュア写真家も多く訪れる。三浦さんが言う。「いいこと教えよう。本当にたまにだが、ピンクにまざって白い花が咲くんだ。来年の春に狙ってごらん」と、いたずらっぽく笑った。

2008/09/11掲載
下流へ上流へ
[PR]
[PR]