やまがた橋物語

>>山形新聞トップ >>やまがた橋物語 >>赤川編第2部 本郷橋(鶴岡)

赤川編第2部[2]

◆本郷橋(鶴岡)

本郷橋(鶴岡)の写真 モダンな橋として建設された市道の本郷橋。左岸に近い部分の欄干がたわんでいる=鶴岡市

 鶴岡市(旧朝日村)本郷、下名川の両地区を結ぶ本郷橋は、四百メートルと離れていない県道と市道に新旧二本が並んで走る。朝日村史によれば、旧橋の完成は一九三一(昭和六)年。鉄筋コンクリート製で化粧塗りが施され「山間のモダン橋」と注目された。

 本郷から鶴岡市街に向かうには「へぐり峠」越えのルートがあったが、元本郷地区会長の小野寺孫市さん(70)が「米や炭を運ぶ荷車、冬ならそりの後押しが必要で、住民が駄賃をもらって手伝っていた」と話すほどの難所だった。同年にはトラス式の名川橋も完成しており、市街への新たなルートと位置付けられた。

 「測量ミスの橋」とは地元の評判だ。実際、両岸が橋より高く、石垣跡などからわざわざ一メートルほど掘り下げて橋を渡したことが見て取れる。さらに、大戦前後の大水で、六本ある橋脚の最も左岸寄りの一本が流された。修復したものの欄干はたわんだままで、小野寺さんは「橋げたに橋脚がぶら下がっている」と冗談交じりに形容する。

 県道の新橋は七八年完成。「本郷橋」と同一名称がつけられ、旧橋は廃止の運命だった。しかし、役場を最短で結び、バスや除雪車も行き交う旧橋廃止の動きに、下本郷住民は敏感に反応。強い要望から存続が決まった。今では架け替え計画も進んでいる。

 ところで、旧橋近くに隠れたスポットがある。赤川(大鳥川)と梵字(ぼんじ)川の合流地点を望むほこら。弘法大師が立ち寄ったとされる。「どちらの川を上ろうか」と思案していると、一方から梵字が書かれたものが流れてきた。梵字川の由来だという。

2008/09/02掲載
下流へ上流へ
[PR]
[PR]