やまがた橋物語

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赤川編第2部[11]

◆大鳥橋(鶴岡)

大鳥橋(鶴岡)の写真 大鳥地区の象徴である大鳥橋。橋からの景観を楽しむ佐藤征勝さん(右)と孫の菜々ちゃん=鶴岡市

 古くから大鳥池に生息するとされる伝説の巨大魚「タキタロウ」の存在を、地元の人たちは今なお信じている。その大鳥池から十五キロ下流の赤川に架かる大鳥橋。橋の近くでは毎年初夏に「タキタロウまつり」が開かれ、元気いっぱいに魚を追い掛ける子どもたちの歓声が地区に活気を与えている。

 一九五五(昭和三十)年ごろ、現在の橋の約五百メートル下流に、大鳥橋の前身の木橋が架けられていた。東大鳥川と西大鳥川の逢瀬(おうせ)に近いことから、その名も河合橋。五六年夏の豪雨で橋は壊れ、その後も何度か洪水で流失したという。

 橋の近くで旅館を経営する元朝日村長の佐藤征勝さん(65)は「豪雨になれば、突如として暴れ川となった。水の恐ろしさは今なお脳裏から消えない」と当時を振り返った。橋は大鳥地区住民の象徴でもある。昔は地区内で多くの縁談がまとまり、嫁や婿に入るときは、西の寿岡、松ケ崎、東の繁岡、高岡を往来する際、特別な思いを抱いて若者たちが橋を渡ったという。

 こうした地区住民の思いは、一九九〇年十一月に架設された現在のコンクリート製の橋も受け継がれる。長さ九十三メートル、幅十メートル。欄干にあしらったタキタロウや下田沢のカタクリを描いたプレートが印象的だ。

 佐藤さんは「東西の安全な往来が実現し、大鳥地区住民の結び付きは一層深まったと思う」と語る。孫の菜々ちゃん(7)の手を引く佐藤さんの笑顔が、大鳥橋の景観に溶け込んでいた。

2008/09/16掲載
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