やまがた橋物語

>>山形新聞トップ >>やまがた橋物語 >>赤川編第1部 王祇橋(鶴岡)

赤川編第1部[11]

◆王祇橋(鶴岡)

王祇橋(鶴岡)の写真 王祇橋(奥)は黒川橋(手前)と平行して架けられ、わずか400メートルほどの距離だ

 トラックやマイクロバスなどの往来が比較的多い「王祇(おうぎ)橋」。北に目をやると黒川橋が近くに見える。四百メートルほどの距離だ。王祇橋は、歴史ある黒川橋に代わる橋として、一九八〇(昭和五十五)年十月に完成した。赤川をまたぎ山添、黒川両地区をつなぐ唯一のルートとなるはずだったが、地域住民の要望で黒川橋は存続。「大型車は王祇橋、地元住民は黒川橋」といった“すみ分け”が浸透している。

 山添方面から黒川橋に向かい、右手のリンゴ園沿いの緩やかなカーブを上ると王祇橋に通じる。長さ二九六・五メートル、幅九・五メートル。片側に歩道があり、自転車通学する中高生らが息を弾ませながら走り抜ける。

 王祇橋のたもとに「いなばや」という菓子店がある。かつては黒川橋に程近い集落内に店を構えていたが、店内が手狭になったことに加え、目の前の道幅が狭く、トラックの往来もままならない事情もあり九三年に移転した。店の名前は、赤川から取水し、集落内を流れる因幡堰から取った。

 二代目店主秋山登さん(69)は「昔からの地元のお客さんと、わざわざ遠くから土産品を求めて来てくれる人が半々ぐらい」と話す。この地に五百年以上にわたって伝わる黒川能がテレビや新聞などで紹介されたことをきっかけに、土産品として能面を模した、もなかを七七(昭和五十二)年から販売し、今も“店の顔”となっている。

 観光バスや大型トラック、路線バスが多く走る王祇橋。伝統芸能が息づく黒川に通じる玄関口としての役割も担っている。

2008/08/06掲載
下流へ上流へ
[PR]
[PR]