-大震災により県内の消費動向は変わったか。
「震災直後から3月末ごろまでは衣料品などのファッション関係をはじめ、不要・不急なものの売り上げは大きく落ち込んだ。気分的な影響もあり高額品も売れなかった。若い年代の人たちは結構買い物に出ていたが、客足が鈍かったのは比較的高い年齢層の人たち。震災後の状況の中で買い物などしていていいのか、といった意識があったのだろう。ただ、3月下旬から気温が上がり、ガソリン不足も解消されたため、4月は衣料品も回復した。これまで仙台圏で買い物していた県内の消費者が地元で買い物してくれたことと、山形へ必要なものを買いに来た宮城や福島のお客さまが多かったという背景もあったようだ」
-食品の供給を含め、地元百貨店が果たした役割も大きかった。
「震災後、2週間ほどは食品の売り上げが大きく伸びた。肉や野菜は地元産を中心に十分な量があったし、鮮魚は塩釜からの入荷がストップしたが、テナントが仕入れルートを変えるなどして対応してくれた。当社山形本店に関して言えば、半径1キロ圏内に鮮魚を含め総合的に食品を扱う所は当店しかなく、地域住民からの期待も大きかった。リビング関係では、他県から避難してきた人たちが防寒具や毛布、あるいはおもちゃなどを買い求める姿もあった。電力やガソリン不足による社員の通勤問題など厳しい状況下ではあったが、店を開けることが百貨店の社会的責任であり使命。小売りの役割を再確認した」
-県内経済について悲観的な見方が多いことが、消費に影響を及ぼす恐れがある。
「今後は消費者の目がより厳しくなり、慎重な姿勢に変わるだろう。しかし、全て売れなくなるわけではなく、買い方がもっと賢くなるということ。不要なものは安くても買わないが、必要なものは高くても買うといったメリハリのついた買い方になるはずで、それらに対応していかなければいけない。一方、首都圏からは東北全体がだめだという印象を持たれており『商品を出しても売れないで戻ってくるなら、初めから東北には商品を回さない』という動きが心配だ。商品が回らなければ金も回らず、結果的に東北の復興が遅れてしまう」
-そうした中で、百貨店として取り組むべきことは。
「消費動向が変化する中、常にアンテナを高くしながら自分たちの仕事をしっかり果たしていくことに尽きる。都内の百貨店とは違い、デーリー性の高い商品をきちんと扱うといった方向性は今後も変わらない。同時に、商品の質、接客など百貨店らしさを追求する姿勢を忘れず、震災を機に地元の百貨店で買い物してくれた県内の消費者や、宮城・福島などから訪れてくれた人たちをつなぎ留めておく努力も大事だ。隣県に対し山形が果たすべき役割、期待は大きいはず。行政はこういう時にこそ物流機能やインフラを強化し、東北の中で担う機能・役割をもっとアピールしていくべきだろう」
次回は日向孝吉・県宅地建物取引業協会長です。
大沼の児玉賢一社長