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肘折でたんすから「永松銅山」書類 「公害出さぬ」明治の約束

2018年05月01日 12:01
大蔵村肘折温泉の土産店で見つかった古河鉱業と地区住民との契約書。当時の同社副社長原敬の名前も記載されている
大蔵村肘折温泉の土産店で見つかった古河鉱業と地区住民との契約書。当時の同社副社長原敬の名前も記載されている
 土産店のたんすに眠っていた古びた書類に「原敬」の名が―。江戸時代に国内有数の銅産出量を誇った永松銅山(大蔵村)の経営会社と、肘折地区の住民が公害などに関して結んだ明治時代の契約書が、肘折温泉の土産店で見つかった。銅山を管理していた「古河鉱業」(現古河機械金属、東京都)の当時の副社長で元内閣総理大臣原敬の名前も記載されており、村の郷土史研究家は「当時の鉱山と肘折集落との関係が分かる貴重な資料だ」と話す。

 永松銅山は肘折温泉から約9キロ南にあり、1611(慶長16)年に鉱脈が発見された。かつて新庄藩の特権商人が営み、1891(明治24)年に足尾銅山(栃木県)を経営していた古河鉱業の経営下に入った。しかし昭和に入ると、外国産の安価な銅が輸入されたことや鉱脈の枯渇などを理由に徐々に衰退し、1961(昭和36)年に閉山した。

 契約書が見つかったのは昨年末。肘折温泉の土産店「ほていや商店」の斉藤栄輝さん(31)が、何げなく開けた自宅茶の間のたんすから古い書類がさまざま見つかり、その中に契約書も交じっていたという。斉藤さんは住民有志でつくる「肘折歴史研究会」のメンバーで、書類の内容を読み解き、写真や解説をフェイスブックに掲載している。

 永松銅山は銅山川沿いに肘折地区の上流に位置。当時は同社が経営していた足尾銅山の廃液が渡良瀬川を汚染し、山林の荒廃や洪水、農作物被害などをもたらした鉱毒事件が社会的に大きな問題となっていた。

 契約書は1905(明治38)年7月に、古河鉱業と肘折地区住民との間で結ばれた。▽公害が出ないよう努め、もし発生した際は同社が被害弁償する▽新たに道路拡張をする際は住民と協議すること―など、住民生活に配慮した鉱山運営を行うとする契約を定めている。当時同社の副社長だった原敬の名前も記されており、原は契約書が結ばれた約2カ月後に同鉱山の視察で訪れているという。

 永松銅山の歴史を研究する「永松の会」の会長で、村の郷土史に詳しい熊谷勝保さん(73)=清水=は「足尾銅山の事件を知り、公害に不安を感じていた住民も多かったのではないだろうか」と推測する。契約書を見つけた斉藤さんは「歴史の教科書に載っている名前と、肘折のなじみのある人の名前が一緒に並んでおり、不思議なロマンを感じる。肘折のPRにもつなげたい」と話している。

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