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御殿跡や焼け跡、姿見せるか 市教委、「天童古城」主郭調査へ

2017年07月28日 11:42
一段高くなった物見やぐらがあったとみられる場所を下見する保角里志さん(左)ら。後方は愛宕神社
一段高くなった物見やぐらがあったとみられる場所を下見する保角里志さん(左)ら。後方は愛宕神社
 天童市教育委員会は本年度、舞鶴山として親しまれている天童古城の主郭で発掘調査に入る。天童氏が南北朝―安土桃山時代の209年間にわたって本拠とし、県内における中世最大の山城。強大な権力を物語る御殿跡、落城した際の焼け跡など、5カ年予定の調査でどこまで明らかになるか注目だ。

 天童古城は、至る所に敵からの防御のために設けられた曲輪(くるわ)、斜面を削り崖にした切岸(きりぎし)などの痕跡が残る。江戸時代の城のような石垣や天守閣は設けられていないが、曲輪や土塁などを巧みに組み合わせた土木工事により、堅固な防御構造になっていたとされる。

 調査は2012~15年度の東郭に続く。舞鶴山東側の尾根沿いに当たる東郭は、多くの曲輪が原形をとどめており、馬小屋や広場、時を知らせたり戦の合図を送ったりする太鼓やぐらと推定される遺構が確認された。

天童古城が築かれた舞鶴山を北側から空撮した写真。点線で囲んだ主郭での発掘調査が始まる(天童市提供)
天童古城が築かれた舞鶴山を北側から空撮した写真。点線で囲んだ主郭での発掘調査が始まる(天童市提供)
 主郭は愛宕神社がある頂上(標高241.8メートル)付近。調査に当たる日本考古学協会員、保角里志さん(東根市)によると、城主は麓に住み、主郭の裏御殿には家族を住まわせた。御殿をはじめ庭園、虎口(出入り口)、井戸、敵の様子を探る物見やぐらがあったとみられる。岩盤土壌に築いたため、御殿跡からは岩盤をくりぬいた柱穴の発掘が想定されるという。

 山形城主最上義光の攻撃を受け炎上した歴史があり、焼失を裏付ける遺構が確認できるかどうかもポイント。保角さんは「炭化した木や焦土層を検出したとなれば、極めて大きな発見となる」と期待を寄せる。

 市教委は9月末、発掘調査に着手。21年度にかけて、約490平方メートルを対象に遺構や遺物を調べ上げる。東郭からは須恵器や磁器、室町から戦国時代に流通していた古銭・永楽通宝が出土したものの、全体として遺物は少なかった。

◆天童古城 江戸時代末期、天童藩主になった織田氏が現在の天童市田鶴町付近に築いた「天童御陣屋」と区別するため、舞鶴山の山城を「天童古城」と呼ぶ。里見頼直が築城し天童氏を名乗ったのが、南北朝時代の1375(天授元、永和元)年。天童氏が1584(天正12)年、最上義光に攻められ落城するまでの209年間、10代にわたり天童古城を居城とした。

 義光に敗れた10代城主頼久は、落城とともに母方の実家である陸奧・伊達家の家臣国分氏を頼り多賀城(現宮城県多賀城市)に移住。天童氏は伊達政宗に厚遇され、多賀城一帯で最大の家臣となった。現在も天童氏の末裔(まつえい)が同市内で暮らしている。

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