食と農を問う

なかつがわ農家民宿組合 山村留学、中津川に活気呼ぶ

 傾きかけた真夏の太陽にぬれた木肌を光らせ、水車が回る。飯豊町の南端、飯豊山の雄大な姿が間近に迫る中津川集落。青々と稲が実る田んぼの奥で涼しげな水音をたてて回る水車が、農家民宿「いからし本家」のシンボルだ。周囲にはひとうねごとに違う野菜や花を植えた畑。ヒグラシの鳴き声に包まれて、築200年近い昔ながらの民家が、日本の原風景といった趣でたたずんでいた。
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農家民宿「いからし本家」は大きな水車がシンボル。五十嵐栄彦さん、あいさん夫妻が自然体で宿泊客を迎えてくれる=飯豊町白川
農家民宿「いからし本家」は大きな水車がシンボル。五十嵐栄彦さん、あいさん夫妻が自然体で宿泊客を迎えてくれる=飯豊町白川
 「いからし本家」を切り盛りする五十嵐あいさん(72)は今年、農水省と観光庁が認定する「農林漁家民宿おかあさん百選」に選ばれた元気な“おかあさん”だ。訪ねた日は夫の栄彦(ひでひこ)さん(78)とテレビで高校野球の県予選を観戦中。「さっき逆転されたよ」「麦茶飲む?」と、自然体でいつも通りの日常に迎え入れてくれるのが心地いい。夕食時には10品以上の器が並んだ。ウドの花のてんぷら、トビダケの煮物、ワラビの一本漬け、ヤマメの塩焼き。民宿の周りにある新鮮な食材ばかりだ。家族同様、あいさんと栄彦さんも一緒に食卓を囲んで話が弾む。「裏の池のニジマス、酢漬けにしたの。食べでみで」。離れて暮らす子どもや孫の近況、近所の話題、仕事の事など、話は尽きることがない。

 中山間地で営まれる農家の暮らしをそのまま味わってもらおうと2007年4月、8軒でスタートした「なかつがわ農家民宿組合」。4年目を迎えた現在は12軒に増えた。同じ集落内で一度に多くの農家民宿が誕生した例は県内でも珍しいが、組合長で農家民宿「いろり」を営む伊藤信子さん(71)が「中津川にはその下地があった」と教えてくれた。「ダムができる前は道も整備されてなくて、特に冬場は学校の先生も遠来の薬屋さんも、みんな中津川に下宿したもの。1人では生きていけない土地だから、みんな協力して外の人を受け入れる土壌がもともとあったのよ」。背景にあるのは、急速な過疎化と少子高齢化。地区の児童生徒数は一けたまで減り、新入生がいない年もある。このままでは子どもがいなくなる−住民が共有する危機感が、中津川のさまざまな取り組みにつながってきた。

 その一つが、04年に始まった「ふるさと山村留学」だ。人口が減る一方の中津川に、首都圏などの小学生が毎年やってきて学校に通っている。地元の子どもにも里親にも大きな刺激となり、地区全体が大きな手応えを得た。どこにでもある昔ながらの農村風景が観光資源になる−グリーンツーリズムを推進する国のさまざまな施策や規制緩和も後押しし、住民らも勉強会を重ねて3年後、農家民宿組合を発足させた。周辺市町と分担しての県外中学生の「教育旅行」受け入れも同時に始まった。伊藤さんは「地区みんなが盛り上がり、8軒が一緒に民宿を始めたことが大きい。大人数の分宿もできる」と強調する。互いにおすそ分けしたり融通し合ったりしてきた中津川の、ありのままの暮らしが生かされている。

 ゆったりとした時間が流れる「いからし本家」の夕べ。中津川の変遷を見てきた夫婦のひと言ひと言が、ずっしりと重みを持って響く。「限界集落なんて言葉が使われだしたころから、なんとかさんなねってみんな思ってたよ」とあいさん。“ダムの奥が栄えた試しはない”という耳障りな言葉が、中津川の住民を奮い立たせる原動力になった。「留学してる子が『ばあちゃん腹減ったー』って帰ってくる。親に話せない悩みも、ここなら話せるって言ってくれる。留学期間が終わる日にはまた来るよって。みんな自分の孫だね」。あいさんたち里親は、PTAの集まりや母親学級にも顔を出した。留学児童の親や祖父母も、民宿を訪ねてくれるようになった。高齢者世帯の増えた中津川が、山村留学で活気づいたのは確かだ。「金もうけだけ(が目的)ではできねよ」とあいさんは笑う。

夏の夕暮れ、飯豊連峰の山々に囲まれてたたずむ中津川の集落。のどかな田園風景の中に12軒の農家民宿が点在する
夏の夕暮れ、飯豊連峰の山々に囲まれてたたずむ中津川の集落。のどかな田園風景の中に12軒の農家民宿が点在する
 月明かりに照らされた近くの広場からパン、パンと破裂音。行ってみると人なつこそうな子が寄ってきた。夏休みで遊びに来たいとこと花火を始めたらしい。「どこ泊まってんの?」と初対面でも屈託なく話し掛けてくる子どもたちに、中津川の温かさ、懐の深さを感じる。「本家」に戻ると、家主の2人はドラマを見ながらうたた寝していた。「あ、お帰り」「ただいま」−すっかり住民になった気分で床に就いた。

 翌朝、早くから栄彦さんが畑に出て朝食用のナスやネギを収穫していた。「やっぱり夏は朝仕事だな。昼間は暑いから」と、さわやかな表情。朝のひとときをくつろぎながら、あいさんがもう一つエピソードを教えてくれた。かつて「いからし本家」に留学し高校生になった女の子が先日再訪してくれた時、しみじみ「私、中津川に嫁に来たい」と語ったという。「中津川の冬の厳しさも知った子が言ってくれた。こんなうれしいごどないね」

 どっさりお土産の野菜もいただき、中津川を後にした。あちこちで農作業に精を出す住民の姿に、名残惜しさを覚える。「都会に出ていった子ども世代も、中津川に仕事があれば帰ってこられる。留学した子が中津川に移り住んでくれるかもしれない。その意味でも、農家民宿は一つの答え。なんぼ雪深くたってここが一番。中津川の良さが分かってきたころには、もうこんな年なんだけどね」。笑いながら語ってくれた伊藤さんの言葉を、しみじみと思い返していた。
(「食と農を問う」取材班)

 【メモ】なかつがわ農家民宿組合に加盟する農家民宿は岩倉、白川、下屋地、遅谷など中津川地区一帯に点在する計12軒。宿泊料金は1泊2食体験付きで大人6800円、小学生以下5600円。寝具が不要な乳幼児は食事代のみ。予約、問い合わせは中津川地区公民館(火−金曜)0238(77)2020、飯豊町観光協会(月−土曜)0238(86)2411。
(2010年08月01日 掲載)
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