食と農を問う

品質保証付き、人生彩るバラ

池田さんが育てたバラを使ったアレンジメント。人生の特別な日を彩るのにふさわしい気品が漂う=山形市・文翔館
池田さんが育てたバラを使ったアレンジメント。人生の特別な日を彩るのにふさわしい気品が漂う=山形市・文翔館
 鳥海山麓(さんろく)に咲く無数のバラ。一見すると意外な組み合わせのようだが、冷涼気候と清らかな伏流水は高品質のバラを栽培するのに最適な条件となる。鳥海山の恵みがバラの花を大きく美しくはぐくんでくれる。
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 飽海三名瀑(めいばく)の1つ「玉簾(たますだれ)の滝」で知られる酒田市升田地区に、池田善幸さん(56)が経営するバラ園がある。ここは雄大な鳥海山の頂を間近に見ることができる滝の里だ。

 池田さんは20年前にバラの栽培を始めた。約4000平方メートルのハウスで13種類を生産。繁忙期には5人のパートを雇用し、年間約37万本を出荷している。赤い大輪の「ビノロッソ」、ピンク色で香りの強い「イヴピアッチェ」、緑がかった白系の「ライム」、茶色のスプレーバラ「テディーベア」など、消費者のニーズに対応した人気の高い品種を選び、通年栽培している。

 上品なバラの香りが充満するハウスを案内してもらった。どの品種も花びらにボリューム感があり、締まり具合がいい。切り取った後も花がパリッとしており、冬場なら1カ月ほど日持ちがするという。池田さんは「野菜や果物と同じように、昼夜の寒暖差が大きいと花もよく育つ。特に夏秋期は冷涼な気候の方が、1年中温暖な地域よりも質の高いバラができる」と説明する。

 ハウス内は日中の気温を20〜25度に保ち、ロックウールを使った水耕栽培を行っている。生育期間は平均50日間だが、夏は40日間、冬は60日間と季節によって変動する。

 「ハウスを毎朝5時に見回り、病気にかかったり、害虫が付いていないかを確認する。機械任せにはできない」。温度設定と水や栄養液の供給はコンピューターで制御しているが、相手は生き物。うまく育つかどうかは微妙な温度変化や天候に左右される。3月やブライダルシーズンの9、10月は需要期で、出荷作業に追われるため、午前3時に起きる時もある。

 池田さんは県内のバラ生産者4戸で「東北第一花卉(かき)」というグループを組織し、国内最大の花卉卸売市場「大田花き」(東京都)に共同で出荷している。メンバーは酒田市に2戸、寒河江市と山形市に1戸ずつと点在しており、技術研修や情報交換などを定期的に行っている。

「不況の時代だからこそ、消費者に喜ばれる高品質のバラを提供したい」と信念を語る池田善幸さん(右)=酒田市升田
「不況の時代だからこそ、消費者に喜ばれる高品質のバラを提供したい」と信念を語る池田善幸さん(右)=酒田市升田
 1戸の生産者では大量出荷や販路開拓が難しいため、互いに技術を高め合いながら連携を図っている。1台のトラックが各生産地を集荷して回り、市場へ直行することで輸送コストを削減。グループ全体では約60品種のバラを生産しており、さまざまな注文に対応することができる。

 東北第一花卉では1999年6月、全国に先駆けて「花の品質保証」の取り組みを始めた。激化する産地間競争に勝ち抜く販売戦略として、「産地の責任感」を前面に打ち出し、他産地との差別化を明確にしようと考えた。

 大田花きと協力し、注文先からのクレームを受け付け、代替品を無償提供するシステム。メンバーは全員共通の段ボール箱を使用し、「万一不良品がございましたらお品物をお取り替え致します」と明記したラベルを張って出荷する。品質保証は工業製品では当たり前のことだが、生鮮品ではなじみがない。市場や仲卸などからの信用を得るための画期的なアイデアだ。

 池田さんは「消費者の手元で咲ききるバラでなければ意味がない。信用を築くには何年もかかるが、無くすのは一瞬だ」と言う。品質保証を導入してからは、大きなクレームはない。市場関係者とのパイプづくりや情報収集も積極的に行い、需要動向を意識して栽培品種を選択。その結果、有名芸能人の結婚式で使われたり、宮内庁からの注文を受けることもある。

 今の時期は1日平均約1600本を出荷している。茎の長さは注文先からの指定に応じて、80〜20センチの長さに切りそろえる。女性従業員が選花台にバラを手際良く並べ、長さを均1にした後、50本をひとまとめにしてネットで包む作業を進めていた。鮮度を保つため、水を含ませてからつぼみの状態で出荷する。

 バラは卒業・入学祝いや誕生日のプレゼントなど、人生の特別な一シーンを彩る高級な花だが、近年は単価が下がり続けている。要因の1つはブライダル需要の落ち込み。少子化などで結婚するカップルが減っていることに加え、リーマン・ショック以降は景気低迷で高級ホテルやレストランなどからの注文が激減した。安価な輸入花に押され、国産の需要が減ってきたという。

 池田さんは不況の時代だからこそ「値段」より「価値」を大切にしてくれる消費者がいるはずだと信じている。「高い花じゃなくても披露宴の間さえもてばいいという考えの人は多い。だが、10人に1人か2人は、一生に一度しかない結婚式に信頼できる花を使いたいと思ってくれる。その人たちのためにバラを作り続けたい」と力を込める。

 升田地区では花が大きく育つ一方で、冬場には暖房経費がかかるデメリットがある。おととしの原油高騰では、ハウスの加温に大量の重油を使う園芸農家の経営が圧迫された。冷暖房の両方を兼ねたヒートポンプを導入する動きが全国的に広がった。だが、池田さんのハウスは夏場に冷房を必要としないため、1000万円以上の設備投資をするよりは燃料費の負担増を我慢した方がいいと判断した。

 「経営面を考えれば冬季間は休んだ方がいいが、それは生産者の都合。消費者は栽培コストまで考えて花を買うわけじゃない。お客さんの立場に立って、期待される産地を目指さなければならない」。そう語る池田さんの口調には自然と熱がこもった。「鳥海山の懐に抱かれたこの地から、幸せをバラに乗せて届けたい」。そんな使命感がひしひしと伝わってきた。

 【東北第一花卉】1995年、山形、宮城両県の6戸のバラ切り花生産者で組織。現在は本県のみの4戸となった。代表は佐藤孝市さん(寒河江市)。栽培面積の合計は約2万700平方メートル。約60品種を出荷し、ホームページで各品種の特性と生産者、サンプル写真を公開している。
(2010年04月11日 掲載)
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