食と農を問う

自然の循環、新たな価値生む 補い合うハトとハーブ

1200羽の食用バトを育てる小屋。金網から下に落ちたふんや麦わらくずは良質の堆肥(たいひ)になる=庄内町狩川
1200羽の食用バトを育てる小屋。金網から下に落ちたふんや麦わらくずは良質の堆肥(たいひ)になる=庄内町狩川
 「庄内パラディーゾ」という本がある。ノンフィクション作家一志治夫さんが、鶴岡市のイタリアンレストラン「アル・ケッチァーノ」のオーナーシェフ奥田政行さんと、庄内の農業生産者たちの食を通したきずなを活写した。この中に「庄内で最もカリスマ性を持った農の革命家」として登場する人物がいる。
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 「ハーブ研究所スパール」(庄内町)代表の山沢清さん(62)。有機無農薬のハーブ栽培からスタートし、化粧品やハーブ小枝塩の開発製造、食用バトの繁殖、マシジミや川エビの養殖…。身近な自然の多様性を大切にしながら、実に多彩な活動を展開している。「効率を求めたから、農業の多様性が失われた。逆に徹底的に非効率を貫くと、付加価値が高まる。見えないものを見、聞こえないことを聞く努力をするのが農業」。JR狩川駅前、元は喫茶店だったという狭い事務所で語り続ける山沢さんから、ただならぬエネルギーが放射されるのが分かる。

 食用バトひとつ取っても、構想と行動力は突出している。知人の話を受け、ハトを育てようと決意したのは20年ほど前。動物に動物性の餌を食べさせるような畜産に疑問を感じていた山沢さんにとって、穀物だけで育てることのできるハトは、うってつけだった。ただし、全くの初心者。2カ月かけて猛勉強、やると決めてから半年後にはフランスとベルギーから5種類のハトを導入、150羽を飼い始めていた。評判が料理人たちに広まるのに、さほど時間はかからなかった。今では「アル・ケッチァーノ」をはじめ、ハト料理を出す国内のレストラン、ホテルは、ほぼすべて山沢さんから仕入れていると言っていい。

 2年前、広さ約200平方メートルの小屋を新築。2階と同じ高さ、地上3メートルほどに渡した金網の上で、1200羽を飼育している。病気を防ぐため、ハトがいる空間への出入り口は、2階の1カ所だけ。担当者以外は入らず、2階の窓越しに様子を見る。卵と、3カ月足らずで500グラムほどになった小バトを、注文に応じて出荷している。

事務所裏のハウスでキカラスウリや在来作物の和ガラシを栽培する山沢清さん
事務所裏のハウスでキカラスウリや在来作物の和ガラシを栽培する山沢清さん
 餌をやり終えた上林京子さん(54)=鶴岡市=が「同じ色、同じ形の作業着を3着用意している」と教えてくれた。ちょっとでも様子が違うと、ハトは敏感に反応するからだ。取材に訪れた日も、上林さんがいつもと異なる時間に違う容器を持って入ったため、警戒して飛び上がった。

 餌は大豆かす、トウモロコシなどの粉をペレット状に固めたもの。自家製の小麦も与えている。シンプルな穀物を食べると肉の臭みがなくなるという。成長を促進し病気を防ぐホルモン、抗生物質、ワクチンは一切使っていない。いずれは餌の大豆、小麦、コメをすべて自家製にして「世界一を目指す」と山沢さん。

 ふんや、巣作りで余った麦わらくずは、金網の間から土の床に落下。土中の微生物の力も借りて発酵する。畑で追熟させて5年たてば、ハーブの立派な肥料だ。育ったハーブは、今度はハトの体調を整える“良薬”になる。例えば、フェンネル(ウイキョウ)の実は消化を助け、卵を産ませるにはネトルが効果的。セージを浸した水には抗菌作用がある。それもこれも、元は動物の行動を見て、人間が学んだこと。長年かけて築き上げられた自然のサイクルに、人間が合わせているにすぎない。

 これほどまでに自然の営みを重視するのには、訳がある。村山市出身の山沢さんは若いころ、庄内一円を回って防除用農機具の使い方を指導、メンテナンスを行っていた。水田や畑に機械で農薬をまく方法を実演する仕事。当時は、効率を追求して農作業の手間を省くことで「農家はずっと良くなる」と信じていた。事実農薬を使い始めると、柿の実は大きくなり、糖度が高まった。しかし、5年もたつと今度は環境が大きく変化した。農村の水田や水路からドジョウ、フナ、ナマズなどの生き物がいなくなったのだ。

 「おかしい。自分たちのせい」。効率化への疑問が膨らんだ。さらに長男がアトピーに。「自然からの警告」と感じ、10年間続けた仕事を31歳で辞めた。「今までとやり方を変えた農業を」と試行錯誤するうちに、ハーブにたどり着いた。

 ただし、今のように人口に膾炙(かいしゃ)する前の話。「臭い草」「トイレの香り」と言われ、ハブと間違えられたこともあった。当然そのままでは売れない。栽培と同時に販路拡大にも取り組んだ。現在軌道に乗っているハーブエキス入りの化粧水やせっけん、塩の結晶粒がハーブを彩る小枝塩などは、この発想の延長線上に誕生した。

 小枝塩は、若いころ読んだ小説がヒント。岩塩鉱から流れる小川に落ちた小枝が、後できらきら輝いていた−という一節を実現しようと失敗を繰り返し、じっくり時間をかけて結晶化に成功。庄内ご訪問中の天皇、皇后両陛下の朝食に添えられたほか、奥田政行さんが昨年、スペインの世界料理大会で県産水稲新品種「つや姫」を紹介した際も一緒に持ち込まれ、一流料理人の注目を浴びた。

 事務所裏に立つハウスでは、さまざまな植物、水生生物が共生している。消滅寸前だった庄内町の在来和ガラシを4年間かけて選抜したり、きれいな流れにしかすまないマシジミを、餌の植物プランクトンと育てたり。キカラスウリは受粉を媒介するスズメガの餌となるだけでなく、根から採ったデンプンは幼児の肌に優しい天花粉になる。「冬の遊び場」と事もなげに笑うが、次の事業につながる真剣な遊びだ。

 「土地に根付き、生態系の中にあってこその農業」。土中の微生物や水中のプランクトンのレベルから、環境を取り戻していく。遠大な構想だが「100年後も使える土地づくり」を目指す山沢さんは、この手間暇が決して無駄には終わらないと確信している。
(2010年03月21日 掲載)
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