食と農を問う

米沢市上長井 雪と厳寒が生む白い宝物

厳寒期に旬を迎える雪菜。強風に雪が舞い飛ぶ悪天候でも収穫は休まず毎日続けるが、「外の作業は半日が限度だな」と吉田清志さん=米沢市古志田町
厳寒期に旬を迎える雪菜。強風に雪が舞い飛ぶ悪天候でも収穫は休まず毎日続けるが、「外の作業は半日が限度だな」と吉田清志さん=米沢市古志田町
 風上に顔を向けられないほど雪が真横から吹き付ける。米沢市上長井地区の山すそに広がる一面の銀世界。黙々とスコップで雪原を掘っていた吉田清志さん(46)=同市古志田町=がおもむろに運搬用コンテナに座り、雪の下から顔を出した薄緑色の束を取り出しては根や葉先を包丁で切り落とし始めた。少し変色した外葉を手際良く取り除いていくと、雪のように白く伸びた「とう」と呼ばれる花茎が姿を現す。これが「雪菜」という優美な名で出荷される軟白野菜だ。
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 「出荷できるのは全体の3分の1か4分の1。そっちは全部捨てる部分。ぜいたくな野菜でしょ」と吉田さんが山積みになった古い葉を見てため息をつく。「毎日コンテナ5つ。こんな吹雪の日は4つ目ぐらいから手の感覚がなくなるよ」。作業は12月下旬から3月半ばまでの過酷な厳寒期、快晴の日も吹雪の日も欠かさない毎日数時間の日課だ。

 雪菜は、寒中に花茎が伸びる「とう立ち」の良い物を選抜し、伝承されてきた上長井地区独特の伝統野菜。秋野菜と同様、8月下旬に種をまき11月にいったん収穫するが、その後、根を付けたままの株を畑に集め、新聞紙とわらで囲む「床よせ」作業をして降雪を待つ。雪が降って雪菜の床が覆われ、一定温度を保つ雪室状態となって約1カ月半。自らの葉を栄養源にしてとうが伸びたころ2度目の収穫期を迎える。必然的に作業は厳寒期となるが、雪菜にとっては積雪と寒さこそが必要な生育条件。逆に降雪の遅い年や積雪の少ない年は雪菜が凍ったり、腐って傷んだりするため、収量が減ってしまう厄介な野菜でもある。

ふすべ漬講習会に集う幅広い年代の女性たち。笑い声も飛び交うが、湯通しする加減を習得しようと表情は真剣そのものだ=米沢市愛宕コミュニティセンター
ふすべ漬講習会に集う幅広い年代の女性たち。笑い声も飛び交うが、湯通しする加減を習得しようと表情は真剣そのものだ=米沢市愛宕コミュニティセンター
 「何十年農家やった人でも『こずげだな(こんな)仕事やんだ』って言うよ」。淡々と作業しながら吉田さんがつぶやく。1982(昭和57)年に発足した上長井雪菜生産組合は現在、12軒が雪菜栽培に取り組み、年間およそ10トンを出荷している。組合員の多くは60代以上で、吉田さんが最年少だ。「今は農家の子供世代もみんな勤めに出てる。退職後に親を継いで農業やるっていう人もいるけど、ずっとデスクワークしてきた人が真冬にこの仕事やるとは思えねなぁ」。吉田さんはたたきつける雪に背中を丸めながら、自嘲(じちょう)気味に笑った。

 雪菜生産組合の佐藤了(さとる)組合長(62)=同市笹野町=を訪ねると、「雪菜は冬場の貴重な収入源だけど、若い人はやりたがらない。組合も初め20軒ほどだったのがだんだん減ってね」と打ち明ける。組合では雪菜のブランド化を目指し、目ぞろえ会を開いて栽培法統一に力を入れるが、思うように消費が伸びない一方、昨今は不況の影響もあって市場での取引価格も低迷が続く。「手間がかかる野菜だから、いたずらに面積増やすわけにはいかないし、苦労の割に収益は上がらないし」と悩みは多い。

 さらに雪菜が抱える大きな課題が、食べ方だ。雪菜の代表的な食べ方は独特の辛味で知られる「ふすべ漬」だが、米沢市内でも「うまく漬けられない」という人は多い。そのためか毎年この季節の「ふすべ漬講習会」は人気で、今月24日に愛宕コミュニティセンターで開かれた講習会をのぞくと市内全域から幅広い年代の女性30人以上が集まっていた。ふすべ漬は、湯がく、湯通しするという意味の方言「ふすべる」が語源で、文字通りこの湯通しをする際の加減が難しいと、参加した女性たちが口々に言う。

 一口大に刻んだ雪菜をざるに入れ、沸騰した湯に3秒から5秒。湯切りして軽くざるを振り雪菜の上下を返す。この作業を3回繰り返した後、1分ほど蒸らし、冷ましたら雪菜の重さの2%の塩を絡めて袋に密封し、重しをかけて2昼夜おく。「浅漬けと勘違いして一晩で取り出したり、出来具合を確かめようと何度も袋を開けたりすると、苦いだけの漬物になって失敗します」と佐藤組合長。「生でかじって少し甘みもある雪菜だけど、ただゆでると苦くて食べられなくなる。空気に触れさせないことで、はじめて苦味が辛味に変わるんです。揮発性の辛さだから、食卓に出して時間がたっただけでも辛さがやわらいでしまう」

 ふすべ漬作りの難しさが消費拡大のネックなら、雪菜をそのまま食材として味わうレシピを普及させようと近年、組合や県置賜総合支庁、JAなどがメニュー開発に乗り出している。とはいえ、冬場に出回るほかの野菜と比べて今度は雪菜が割高な点がネックとなり、普及に結び付くかは未知数だ。講師として招かれたテレビでもおなじみの料理研究家・小川聖子さん(東京都品川区)は、そんな雪菜の一つの可能性を示してくれた。「雪菜は京野菜のように高値で取引されていいはずの素晴らしい野菜。ふすべ漬も普通の漬物のような保存食品じゃない。むしろ誰に贈っても喜ばれる嗜好(しこう)品ですよ」。こう産地を支える生産者にエールを送り、会場の受講生には「みなさん恵まれてる。もっと全国に雪菜を自慢していいよ」と呼び掛けた。

 ほぼ0度の雪室で育ち、100度の熱湯で独特の辛味を醸し出す不思議な伝統野菜、雪菜。種をほかの土地にまいても、土が違うからか独特の辛味が出ないという。組合は採種用の畑にハウスをかけて異種交雑を防ぎながら、その種を守り続けてきた。「雪菜はまさに先人から引き継いだ財産。たとえほそぼそとでも残していかないといけない」と佐藤組合長。「きっとこれからも、上長井地区の誰かが必ず受け継いでいってくれると信じてます。雪の中で育つなんて、ほかにない貴重な野菜なんだから」と、かみしめるように言葉を継いだ。

(「食と農を問う」取材班)

 【雪菜】アブラナ科の軟白野菜。江戸時代、上杉家が越後地方から運び栽培を奨励したとされる遠山カブ、長岡菜がルーツとされ、近年、山形大農学部の調査で遺伝的にも近い系統と裏付けられた。自然交雑を経て、とう立ちの良い株の育種選抜を繰り返し雪菜になったと考えられる。2005年スローフード協会国際本部による「味の箱舟」認定。上長井雪菜生産組合事務局のJA山形おきたま米沢野菜集出荷場0238(37)2708。
(2010年01月31日 掲載)
食と農を問う 雪菜、ふすべ漬 記事一覧
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