食と農を問う

いぶし大根 いろり消えても あの味、今も

25年余り作り続けたいぶし大根を前にする小関一雄さん。「若い人が漬物を食べなくなったというが、年を取れば自然に口にするようになる」=新庄市五日町の自宅
25年余り作り続けたいぶし大根を前にする小関一雄さん。「若い人が漬物を食べなくなったというが、年を取れば自然に口にするようになる」=新庄市五日町の自宅
 日本が敗戦後の荒廃から立ち直り、目覚ましい経済発展を遂げた昭和30〜40年代の高度成長期。東京には、東北の農村から集団就職の若者たちが毎春大勢到着し、東京タワーをはじめとする建造物が次々造られた。映画「ALWAYS 3丁目の夕日」で、懐かしく描かれた世界だ。
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 同じころ、農村の側にも変化が訪れた。“3種の神器”の電気冷蔵庫、電気洗濯機、白黒テレビが普及。農業の機械化が進み、主婦が外に勤めに出るようになって、かやぶきの家が一気に建て替わった。新庄・最上地方を中心に各家庭で作られていた「いぶし大根」の伝統も衰退するかに見えた。

 縄で結んだ大根をいろりの上につるし、十分いぶしながら干した後で漬け込むのが、昔ながらのいぶし大根。いわば、たくあんの薫製だ。旧暦の雛節句には、カド、アサツキ、くじらもちと共に、自家製のいぶし大根を大きな皿に切って並べ、供えた。「断面は一番外側が黄色で、その内側がいぶされた黒、さらに中心に近づくと薄い黄色。『おらえの大根食べてみろ』と自慢し合ったものだった」と、新庄市雪の里情報館名誉館長の大友義助さん(81)。

 各家庭に当たり前にあったいろりが家の新築で姿を消せば、主婦お手製のいぶし大根は当然できなくなる。ところがどっこい、食文化がそう簡単に失われることはなかった。今では地域の農家が、栽培した大根を自家製のいぶし大根にして、新庄市内の産直施設などで販売するようになった。

重要文化財・旧矢作家住宅の薫蒸作業。いろりの上で木を組んだ火棚に以前は大根を干していた=新庄市泉田
重要文化財・旧矢作家住宅の薫蒸作業。いろりの上で木を組んだ火棚に以前は大根を干していた=新庄市泉田
 市北東部、小泉集落に住む農業小関一雄さん(64)は、いぶし大根を作り続けて25年余りのベテラン。毎年11月中旬〜12月下旬ごろは、大根の収穫からいぶし、漬け込みまで一連の作業に、妻利子さん(62)とかかりっきりになる。期間中、自宅隣の仮設小屋では昼夜を問わず、まきに火が入り、大根に5日間ほど煙を当てる。このため朝起きてから夜寝るまで、何度も足を運んで火の具合を管理。日中は畑で大根を収穫、漬物に向いた大きさを選び、水洗いして9本ずつ縄で編んで、既にいぶし色が付いた大根と入れ替える。さらに夜は、漬け込み作業だ。「寒くて体の自由があまり利かないし、4〜5キロは体重が減る」と小関さん。

 大根に食塩、ざらめ、酢、米ぬかなどを加え、おけに漬け込む。出来上がるまで1カ月余り。味は、今の消費者の嗜好(しこう)に合わせながら、何年もかけて練り上げた。特に「塩分を減らして」という希望に沿って、塩加減を徐々に少なくしてきたという。口にすると、確かに塩気はあっさり。代わりにいぶした香ばしさと、ほんのりした甘味が広がる。表面の焦げ色も、上品な薄茶だ。

 薫製といえばサクラやナラが思い浮かぶが、小関さんが使っているのは使用済みのサクランボの木。若木と更新して不要になった老木などを、村山地方の農家から譲り受けている。サクランボ農家にすれば、要らなくなった木を自前で処理する手間が省け、一石二鳥。

 小関さんが若いころ、集落では半数以上の男性が出稼ぎに行っていた。20代後半、小関さんも2年だけ出掛けたが、時間が長く感じられて仕方がない。理由は「人に使われるのがやんだ」から。以来、自分でできる仕事がないか考えてきた。25年余り前の農閑期、新庄市内で測量作業の手伝いをしていると、煙が上っている小屋があった。何だろうと見てみると、いぶし大根作りの最中。「これだとおれもできる」。初めは自家用が中心だったが、「うちにも作って」と頼まれるようになった。今では新庄・最上の60〜70戸に直接販売。さらに、運営協議会副会長を務める市内の産直「まゆの郷」でも販売している。

 いろり端で、昔ながらのいぶし大根を作っている家はないのだろうか。あれば見てみたい。話を聞いているうち、そんな気持ちがわいた。すると、大友さんも小関さんも「今はもうそんな作り方はしていない」「いろりのある古民家に住んでいる人が、まずいないのでは」。せめて雰囲気だけでも味わいたくて、市北部の泉田にある旧矢作家住宅に向かった。江戸時代中期に建てられた上層農家の自宅で、国の重要文化財に指定されている。

 訪れたのは、ちょうど月3回の薫蒸作業の日。いろりにくべたまきの煙が部屋に立ち込め、向こう側がかすんでいる。いろりの上には、柱を格子状に組んだ「火棚」があった。かつては、この火棚に大根をつるしていたという。ほかにも「わらぐつや脚半を干したり、焼き魚のくしを刺した弁慶を下げたり。湿った稲わらを火棚に載せて乾かしたりもしていた」と大友さん。火棚で長いこと干した大根は水分が抜け、「の」の字に曲げたり結んだりできるほどになった。

 冬の間を通した保存食。同じたくあんでも早いうちに食べる浅漬け、後まで保存が利く置き漬けなど、時期に応じて工夫していた。特にじっくり漬け、雛節句のころに食べ始める最後のいぶし大根は「さくさくとした歯触りと、甘味がある。これが一番だった」。

 豪雪地帯の新庄・最上では、越冬用に野菜や山菜を大量に漬ける歴史がある。「県内でも最も種類が多いのでは。漬物は3食すべてにあるべきもので、お茶請けにも欠かせなかった」と大友さん。素材だけでなく、やたら漬け、材料をなたで割るごっくら漬けなど、漬け方も多彩だ。

 「まゆの郷」には、市内の農家6〜7人が自家製のいぶし大根を出している。試食してみると、味や香り、色、大きさが農家によってさまざま。訪れた客は味見をしながら、好みの品を選んでいた。農家それぞれに「自分のが一番うまいと思って作っている」と小関さん。毎年食べてくれる得意客から「うめがったやー」と声を掛けてもらうのが、何よりのやりがいという。

 以前のように各家庭で手作りすることはなくなったとしても、食の記憶は、新たな形で引き継がれている。

(「食と農を問う」取材班)

 【いぶし大根】新庄・最上地方では「いぶし大根」、北に隣接する秋田県では「いぶりがっこ」と呼ばれる。新庄市内の農家が自家製のいぶし大根などを直売する「まゆの郷」は0233(23)5007。
(2010年01月24日 掲載)
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