食と農を問う

主婦の“変身” ほれ込んだ味、起業し伝える

起業した自身の経験を学生たちに説明する新関さとみさん(右)=山形市・山形短期大
起業した自身の経験を学生たちに説明する新関さとみさん(右)=山形市・山形短期大
 山形市の山形短期大学で開かれた講座「人生と社会を考える」。講堂に集まった100人以上の学生を前に、家庭の味である漬物にこだわり起業した経験を歯切れよく語る新関さとみさん(46)=山形市古館=の姿があった。「一主婦である自分が事業を興すなんて考えもしなかった」。小学生の一人息子を育てるママを起業家に変身させた背景には、山形の「んまい」漬物との出会いがあった。
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 横浜市生まれのさとみさんは、幼少期に父親の実家がある天童市に移り住んだ。都会から地方に環境ががらりと変わった。のんびりとした田舎の雰囲気が好きになれず、「高校を卒業したら東京へ行く」と決意。望み通り、都内の大学に進学し、都内の貿易会社に就職した。バブル期の華やいだ雰囲気に身を置き、「楽しいOL時代を過ごした」。

 父親の強い勧めで再び山形に戻ったのは28歳の時だった。あれほど嫌で離れた山形だったが、果物や野菜など県産農産物のおいしさ、四季の移ろいとともに表情を変える山々や田畑の美しさにあらためて気付かされ感激。そんな折、縁あってしょうゆ醸造会社の跡取りの元へ嫁ぐことになった。

 さとみさんはそこで、心底ほれ込む味わい深い漬物に出会う。嫁入り前に自宅を訪れた際、お茶請けとして出された青菜漬け。「漬物作りの師匠」である義母の新関総子(ふさこ)さん(75)のお手製だった。当時の感激を、つい最近のことのように思い返す。「勧められてはしを取り、あまりのおいしさに3口食べた。でも、4口目にはしを伸ばせなかったことが気掛かりで、家に帰ってからそのことばかり考えていた」と屈託なく笑う。

 青菜はアブラナ科の高菜の仲間。肉厚な葉はシャキシャキとした歯応えと独特の辛味が特徴で、青菜漬けは山形の漬物の代表格といえる。秋に収穫し、冬場の保存食として食卓に並べる家庭は多い。

嫁ぎ先の母・新関総子さん(右)から青菜漬けの技を受け継ぎ販売を手掛ける新関さとみさん=山形市古館
嫁ぎ先の母・新関総子さん(右)から青菜漬けの技を受け継ぎ販売を手掛ける新関さとみさん=山形市古館
 総子さんは20年ほど前、得意先の各家庭から頼まれ、自宅分とは別に青菜漬けを作った。「年寄りだけの世帯が増え、自分の家で漬けるのは大変、という声をよく聞くようになった。一軒で一冬分として20キロぐらいを漬け、多い年は50〜60軒分も漬けだっけな」と総子さん。

 食べ始めの12月半ばは、青々とした葉の辛味の強い味わいが楽しめる。日を追うごとに茶系の色合いが濃くなり、味もまろやかに。2月を過ぎて、やや酸味が出てくる。「味の変化が楽しめるのも青菜漬けの特長」とさとみさん。総子さんは「今みたいにいろんな食べ物がある時代と違って、昔は一冬、青菜漬けばかりを食べていた。漬物の後は煮物にしたり、汁物にしたり。煮ると家中がそのにおいで臭くなってな」と振り返る。

 2000年の冬、自宅や各家庭に配る量を上回る青菜を漬けたことがあった。防腐剤を使わず、保存する大きな冷蔵庫もないから、日持ちさせるすべがない。「仕方がないから、余った分は畑に埋めて処分するしかない」と言う総子さんに対し、さとみさんは「もったいない」。近くの農産物直売所で、300〜500グラム入り1袋を300円程度で販売するようになった。

 1日10袋ほどを毎日、直売所に持参。全部売れると売り上げが2000円程度入った。「夫や母に『おまえが売ったんだから、売り上げはおまえのもの』と言われ、すごくうれしかった。主婦にとって2000円の小遣いは大きい」と笑みを浮かべた。

 商品として味を一定に保つ必要があるため、さとみさんはレシピ作りを手掛けるようになった。「『塩加減はこんなあんばい』という母の教えを、データとして数値化していった」。総子さんの味にほれ込み、「自分は食べる側」と考えていたさとみさんも一緒に「んまい」漬物作りに励むようになった。青菜漬けに限らず、旬を迎えた新鮮な農産物を使ったさまざまな漬物を販売していった。

 直売所で、客から作り方を聞かれる機会もしばしば。さとみさんに「家庭の味なのに漬物の漬け方を知らない人が多くなっている」という思いが芽生え始めた。そんな時、知り合いがいた地元ケーブルテレビに請われ、漬物の作り方を分かりやすく紹介する番組を担当することになった。当初、半年間の契約だったが好評で通算5年ほど続いた。番組で紹介した漬物は70〜80種類。総子さんに助言をもらって、メニューを編み出した。

 ケーブルテレビ効果もあって、公民館事業や婦人会の集まりに招かれ、漬物の作り方を教える機会が増えていった。03年8月に「さとみの漬物講座企業組合」を組織。家庭の味にこだわり、旬の食材を旬のうちに漬け旬のうちに食べてもらうことをモットーに真空包装を行わず、近くの直売所での販売、各種催しでの対面販売を展開する。インターネットでの注文も受け付け、全国各地に発送。年々顧客が増えているという。

 さとみさんと総子さんは、企業組合の従業員とともに自宅の蔵に置く大きな容器に漬け込んだ青菜漬けを小分けにし、箱詰めする作業に追われる。「(09年産の)青菜は大きく出来がいい。当然、漬物もおいしく仕上がっている」と2人。「食卓に並ぶ母の漬物を見て季節の変化を感じ取り、『おいしい』と言って食べる夫の姿を見ていると、息子にもそうなってほしいと思う。母の味を受け継ぎたい、守っていかなきゃと強く思うんです」と、さとみさんははつらつとした声で、自慢の青菜漬けを勧めてくれた。
(「食と農を問う」取材班)
(2010年01月17日 掲載)
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