食と農を問う

小野川豆もやし 冬の温泉の産物守っていく

 午前6時、まだ周囲の暗い米沢市南部の山あい。12月も半ばの厳寒期を迎えた小野川温泉街の一角で、三角屋根の小屋から漏れる電球の明かりが降り積もった雪をほのかに照らしている。木材を組みブルーシートをかけた簡単な造りの小屋は、一歩中に入ると暖かな湿気が心地よく全身を包んでくれる。ここが、伝統野菜「小野川豆もやし」の生産拠点だ。小屋は、もやしを育てる室(むろ)の下を温泉の廃湯が流れる温室になる。早朝から数人がそれぞれの作業を黙々とこなしている。
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室から豆もやしを収穫し丁寧に砂を払い落とす遠藤庄一さん(左)。外は銀世界だが小屋の中は程よい湿気と暖気が満ちている=米沢市小野川町
室から豆もやしを収穫し丁寧に砂を払い落とす遠藤庄一さん(左)。外は銀世界だが小屋の中は程よい湿気と暖気が満ちている=米沢市小野川町
 温泉という天然資源を生かした小野川の豆もやし作り。夏場に栽培したもやし豆をまず秋に完熟状態で収穫し、乾燥させて保存。例年11月半ばになると、廃湯がたまるプールに小屋をかけて準備にかかる。11月下旬にはプールの湯気をふさぐように木箱の室をびっしり並べ置き、それぞれの室に砂を敷いて一晩水に浸した豆をまいていく。室には横木を渡し、わらを編んだこもなどでふたをすると、温湯の暖気で一つ一つの室自体も温室状態となり、6日間かけて15〜20センチほどに育った豆もやしの収穫を迎える。例年11月末から翌年3月末まで冬季間しか味わえない豆もやしは季節限定の伝統野菜だ。

 「小野川もやし業組合」の組合長を務める佐藤誠一さん(78)は、曾祖父の代から豆もやし生産に携わる4代目。冬場の4カ月間、妻のきよさん(75)と二人三脚で早朝からの作業を続ける。「1週間前にまいた豆もやしを自分が収穫した後、温泉のお湯で砂を丁寧に洗い落とすのが妻の役目。また室に新しい砂を敷いて豆をまき、砂をかけた後でわらのふたをするのが自分の役目」と佐藤さん。スコップでせっせと砂を敷きながら淡々と話す佐藤さんの吐く息が白くなる。「分業スタイルは昔から変わらないね」

 宿泊客が旅館をチェックアウトする時間に合わせ、温泉街の八百屋や土産物店の店頭に豆もやしを並べるため、収穫作業は早朝が中心だ。降雪などで日々、廃湯の温度は変化するが、室の中を豆もやしの生育に適した29〜30度に保つため、朝晩の温度チェックも欠かせない。「狭い小屋の中での力仕事なんでね。年齢的には80歳代になると限界ですよ」と佐藤さんが笑う。約50度の廃湯に水を足したぬるま湯のプールに長靴で入り、豆もやしの根の間に付いた砂をきよさんが丁寧に洗っている。伸びが悪く短いもやしを一本一本取り除きながら、数十本をきれいにそろえて束ねていく。腰をかがめてのつらい作業だ。佐藤さんは「冷水で洗うと豆もやしはポキポキとすぐに折れてしまうから。何より、冬の冷たい水ではこんな作業は続けられないでしょ」と教えてくれた。

 1923(大正12)年に結成された組合は当初、70軒が株を分け合ってもやしを生産していた。冬には3つあるプールが満杯になるほど室が並び、豆もやし農家はそりに豆もやしを積んで2時間以上、米沢市街まで運んでは売っていたという。だが、次第に豆もやし作りから離れる住民が相次ぎ、20年ほど前には15軒に減り、現在では4軒が続けるのみ。当然生産量も減り、近年は小野川温泉内を流通させる分だけで精いっぱいの状態だ。「利益が上がらないと先細る一方だし、夏場の収入源がないと続けるのもなかなか大変。豆もやしの伝統が絶えないようにしなければとは思うけどね…」と、佐藤さんは寂しそうに語る。

豆もやしの重さを手際良く量り、次々とわらで束ねる。作業部屋は女性たちの情報交換の場でもある
豆もやしの重さを手際良く量り、次々とわらで束ねる。作業部屋は女性たちの情報交換の場でもある
 もやし生産のスタイルは、組合メンバーによって少しずつ異なる。佐藤さんの場合、本業は土地家屋調査士。仕事の合間にもやしや米作りを手掛ける兼業農家だ。もやしは2つの室で交互に収穫するため3日おきに作業日がやってくる。鈴木巌さん(52)の場合は、妻の道子さん(49)とほぼ毎日の作業。6つの室を順次使って連日豆もやしを出荷するほか、同じ温泉の廃湯でこの時期、アサツキの栽培にも取り組む。「冬は毎朝この作業が日課なんだ。生活のためには大変だなんて言ってられない」と苦笑いする。

 一方、百数十年続く小野川の豆もやし作りに、新たな発想で取り組もうと動きだしたのが、遠藤庄一さん(57)。組合内部に仲間5人と「研究班」をつくり、去年から栽培や生産法の改善、改良に挑戦している。「今まで続いてきたやり方はもちろん、いい面もあるよ。でも手が掛かるし大変だから担い手が減っていくんだな。何とか楽にできる方法を探ってみようと研究班を立ち上げたんだ」と遠藤さん。確かに、思ったよりも重労働で手間がかかる豆もやし作り。毎年11月に組合員総出で小屋を作り、収穫のたびに室の砂を手作業で入れ替えたり、湿気で腐ってしまうわらをひと冬に何度も交換したりと、ほかの作物にはない作業も多い。小屋は奥に行くほど天井が低く、もやしの根を洗うプールも地面より低いため腰をかがめての作業を強いられ、効率の悪さは否めない。

 今でこそ、わらでふいていた小屋の屋根はブルーシートに、かつてろうそくだった明かりは電球になり、室の温度を保つための温度計が設置されるようにはなったが、ほかはほとんど昔と変わらない。遠藤さんは、近代化や効率化から取り残されたようなこうした作業を少しずつでも改善していきたいと考えている。「例えば奥まで人が立って作業できる屋根に変えて常設の小屋にし、廃湯熱で屋根や周囲の除雪もできれば相当楽になる。腰をかがめずに済むよう室をチェーンでつり上げる仕組みもいい」とアイデアは尽きない。砂やわらに頼った栽培法も、紙製のクロスや発泡スチロールで代用できないか、メンバーたちと試行錯誤を繰り返す毎日だ。「高齢になっても作業がしやすければ、もっと長く続けられる。収入が良くなれば後継者も増える。そうしないと、この豆もやしの伝統は続いていかない。何より自分たちが守っていけなくなる」。遠藤さんが静かに、熱い胸の内を語ってくれた。
(「食と農を問う」取材班)

 【小野川豆もやし】明治初期から栽培されてきたとされるもやし豆は、普通のもやしと違い胚軸が20センチほどに成長する在来種。冬季に温泉熱を利用して栽培、収穫される。山形大農学部が最近行った調査によると、新潟県内に伝わる在来系統に近いことが分かり、藩政時代に上杉家が新潟から米沢に持ち込んだのではないかとも考えられている。シャキシャキとした歯触りが特徴で、おひたしやいため物、みそ汁の具材にも。
(2009年12月27日 掲載)
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