食と農を問う

建設業、新農法で絶品トマト 販売戦略に注目・地域振興の夢

 「本当においしいトマトを作ってみたい」。鶴岡市の建設会社社長の山本斉さん(50)は思った。残留農薬や化学肥料などの心配がない、甘酸っぱくてみずみずしい、トマト嫌いの子供がいなくなるような、そんな赤い実のなる…。それからわずか2年、山本さんは自信を持って「窪畑のトマト」を市場へ送り出している。1キロ3000円超の高値でも入荷待ちが続く。農業に元気がないといわれる中、規模こそ小さいが、“農業初心者”はすこぶる楽しそうだ。
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「窪畑ファーム」で栽培されるトマト。微生物の作用を生かした土壌により「作物本来の味が引き出せる」と語る山本斉さん(手前左)=鶴岡市下川
「窪畑ファーム」で栽培されるトマト。微生物の作用を生かした土壌により「作物本来の味が引き出せる」と語る山本斉さん(手前左)=鶴岡市下川
 山本さんが経営する山本組は、ピーク時の売上高が28億円に上った。しかし、ご多分に漏れず、公共工事の減少による建設不況の波が押し寄せた。「建設業がなくなることはなくても、事業の構造改革は不可欠だった」。転機は突然だった。

 ある朝、新聞記事で新たな農業技術「アニス農法」に目を留めた。微生物を活用した土壌で農薬や化学肥料を使わない栽培法という。開発したのはベンチャー企業「アニス」。その翌日には東京にある会社を訪れた。この行動力がチャンスをつかむ。農法はまだ世に広まっておらず、山本さんが最初の実証農家として契約を結んだ。後で知ったことだが、アニスは名の知れた大企業との契約がご破算になった直後だった。

 湯野浜海岸に近い鶴岡市下川字窪畑。潮風が香る砂丘地の細道を進むと松林に守られるように8棟のビニールハウスが並ぶ。「窪畑ファーム」と名付けた生産拠点だ。「まずは味わった方が話は早い」。農場長の佐藤光浩さんが、目の前で採ったトマトをそのまま渡してくれた。

 真っ赤なミニトマト。よく見ると表皮から網目状の模様が透けて見える。アミノ酸などうま味が凝縮した印。「霜降りだ」と、山本さんはうれしそうな目で最初の一口をせかす。

「窪畑のトマト」をはじめジュースやジャム、ゼリーなど加工品も販売される=鶴岡市湯野浜
「窪畑のトマト」をはじめジュースやジャム、ゼリーなど加工品も販売される=鶴岡市湯野浜
 窪畑のトマトが1キロ3000円で売れる背景には、強力なバックアップもあった。有機野菜を使ったケーキなど新しいジャンルを確立した洋菓子店「ポタジエ」(東京)のオーナシェフ柿沢安耶さんがトマトを絶賛。窪畑トマトのチーズケーキを販売し、話題を呼んだ。山本さんは言う。「初心者だから信頼を得るのは難しい。そこで販売戦略には大きな力を注いだ」。柿沢さんの力に加え、ロゴマークやポスターのデザインには費用を惜しまず、洗練されたイメージを作り上げた。「力の配分は生産4割、販売6割」と言う。

 「生産4割」で済むのは、アニス農法が思いのほか手間が掛からないからだ。農法の肝は、土壌に入れた酵母菌、乳酸菌、放線菌など微生物の働き。微生物で改良された培土が養分やうま味のアミノ酸を茎に送り込む。生育促進のため、よく使われる化学肥料には、さまざまな問題も指摘されている硝酸態窒素が含まれる。硝酸態窒素を好んで害虫が集まってくるため、虫よけの農薬を使う。窒素成分はえぐみとなり、野菜の味を落とす。アニス農法では、この硝酸態窒素がないため、虫が寄らず農薬散布の必要がない。

 ハウス内のトマトは直接地面には植えていない。アニス培土を入れたポッドの中に根を張っている。ポッドにはパイプが通してあり、給水はコンピューターが適量を管理する。トマトの葉を見ると、外周は枯れたように茶色で、カサカサに近い状態だ。極限まで水分を抑えることで、トマト自体が養分を実にため込み、糖度が高まる。窪畑のトマトは果物に近い糖度8〜10度になる。

 ハウスに隣接する事務所棟にコンピューター機器があった。熟練農家のような働きをする窪畑ファームの頭脳だ。液晶画面には外気温、ハウス内の温度、土の状態、風向きなど、さまざまなデータが表示され、随時、最適な状態が保たれるようになっている。8棟の管理は4人でこなす。

 トマトの栽培では、多いケースで農薬散布が年間数十回に上るが、窪畑ファームはほぼゼロを実現した。

 真っ赤な実をかじると、厚く張りのある皮を破るのに少し力がいる。かんだ瞬間、ブドウやサクランボに近い甘味と酸味を感じ、種のとろっとした部分が混ざると、初めて体験するトマトの味が口に広がる。「おいしい」の感想も言わず、2個3個と食べていた。「トマト嫌いの子供は、おいしいと言ってくれたよ」。山本さんは満面の笑みだった。

 農業に取り組んで2年で仕上げたこのトマトは、農薬の使用をはじめ、野菜栽培の根幹について多くのことを語りかけている気がした。

 農業と建設業。皮肉にも、国の施策で大きく揺さぶられてきた状況が似ている。山本さんはその両方に軸足を置く。しかし、暗さはみじんもない。「アニスが開発し、うちで構築された栽培モデル。次はこれを広く普及させたい。そして地域を元気にしたい」

 今、窪畑ファームの取り組みは村山地域の数カ所で導入が始まっている。(「食と農を問う」取材班)

 【窪畑ファーム】 アニス農法を活用し、トマトをはじめ枝豆やショウガなどの栽培も始めている。トマトを使ったジャム、ケチャップ、ゼリーなど加工食品も手掛け、山本組の農業部門は本年度売上高約3000万円を目指す。トマトは安価なものもあり、加工品と合わせて鶴岡市の湯野浜小の近くと庄内映画村内の直売所で販売している。インターネットによる通信販売もある。ただ、降雪期は栽培せず、今シーズンは終了間近。山本組0235(75)2334。
(2009年11月22日 掲載)
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