食と農を問う

自然と人のたまもの 産地結束こだわりの味守る

 黄金色の果実が、地上から1.6メートルほどの高さにいくつもぶら下がっている。つやのある葉が園地を覆い、日差しを遮る。薄暗い中、所々で葉と葉のすき間から陽光が差し込む。一筋の光を浴びた果実は、その黄金色を一層際立たせていた。
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園地に差し込む陽光を浴び、輝く黄金色の刈屋ナシ。肥えた土地が産物をはぐくむ=酒田市刈屋
園地に差し込む陽光を浴び、輝く黄金色の刈屋ナシ。肥えた土地が産物をはぐくむ=酒田市刈屋
 刈屋ナシ。酒田市北部の地区名を冠する秋の味覚は、シャキシャキとした歯応えの良さとみずみずしさ、上品な甘さが特徴だ。刈屋梨出荷組合長の小野寺伸一さん(57)は「関東方面の和ナシ産地は、まだまだ気温が高い夏の終わりごろに収穫期を迎えるため、糖度がのる前に出荷する傾向がある。ここ刈屋では、涼しくなる秋口に収穫期となるため糖度が十分にのった状態で出荷できるんだ」と栽培適地であることを説明した。

 雄大な鳥海山を望む田園地帯にある刈屋地区は、遊佐町の程近くに位置し、50戸ほどが暮らす小さな集落。のどかな農村風景が広がるが、刈屋ナシの収穫を迎えるこの時期は、直売をうたい文句としたのぼり旗が各戸の前にずらりと立ち並ぶ。普段、軽トラックの往来が多い狭い車道には、対向車と譲り合いながら進む県外ナンバーの乗用車や輸送業者のトラックの出入りが目立つようになる。

 刈屋地区でのナシ栽培は明治時代にさかのぼる。同出荷組合が数年前にまとめた「刈屋梨栽培のあゆみ」によると、刈屋におけるナシの木の植え付けは明治初期に始まり、購入元は酒田の宮野浦、遊佐の吹浦で、炭や菜種などによる物々交換で入手したことが記されている。鳥海山の恵みである豊かな土壌は、集落そばの日向川を通じて刈屋地区にもたらされた。その産物が刈屋ナシ。味の良さが評判を呼ぶようになり年々、産地化が進んだ。コメ農家が多い集落にあって、国の減反政策もあり、ナシ栽培への転作が加速した。

 コメ作りも手掛ける小野寺さんは「ナシ栽培の合間にコメ作りをやっているようなもの。コメは金にならない」と苦笑した。もともと20アールほどの園地でナシを作っていたが、現在では5倍以上の1.1ヘクタールに面積を拡大させている。「その分、田んぼの面積が減ったということ」と続けた。ナシの収穫期と、コメの刈り取り期が重なるため、刈り取り作業に人を雇うなどしているという。

県内や首都圏などに発送する刈屋ナシの箱詰め作業。就農体験に励む地元高校生も手伝っていた
県内や首都圏などに発送する刈屋ナシの箱詰め作業。就農体験に励む地元高校生も手伝っていた
 集落内の約50戸のほとんどが農業を営んでおり、コメとナシを作る人が多い。ナシの栽培面積は約40ヘクタール。主力品種の「幸水」が6割近くを占め、「豊水」やその他の和ナシを合わせると3割程度で、残りはラフランスなど西洋ナシを1割ほど生産している。産出額は約1億5000万円となっている。

 「土が命だからのー」。小松久助の家名を受け継ぎ、刈屋ナシの栽培に取り組む小松賢さん(55)は、もぎ取り作業の手を休め、こう強調した。肥えた土地の良さを維持するため毎年、冬を迎える前に稲わらなどを使った完熟堆肥(たいひ)を園地にまいている。小松さんは鳥海山の恵みに加え、日本海側から風で運ばれる適度な塩分も品質の良さにつながっているのではないか、とみている。「(2004年8月の台風が影響した)塩害は別だけど」と笑った。

 7カ所、計1.2ヘクタールでナシを栽培する小松さんは「10アールの土地に対し、8000個の実を育てることを目安にしている」と語る。1本の木にならせる実は約300個、等間隔で27本の木を植える計算だ。「(着果数は)8割程度にとどめる。木を若々しいまま長く育てることを心掛けている」。経験に基づき、品質の高い刈屋ナシを長く栽培してきた自信をのぞかせた。

 産地化について、小野寺さんは「産物の味を統一することが大事。自分たちのような小さな産地の生きる道は、それしかない」と言い切る。一定程度の味のばらつきを覚悟し大量生産すれば、市場へのアピールにはなるが、下地となる土地も人材も限られた刈屋地区にとって、その可能性は低い。「昔から気心の通じた農家同士の間柄で、互いに技術研修に出掛けたり、連携した防除法に取り組んだりできるからこそ、こだわりの味を守ることにつながっている」と出荷組合を束ねる組合長が力を込めた。

 生産者の高齢化が進み、後継者不足は否めない。「農家以外でも興味のある人には手伝ってもらいたい」(小野寺さん)との思いはあるが、細かな栽培技術を伝えていくには、やはり時間を要する。加えて、農業全般を取り巻く経営の先行きに対する不安が重くのしかかる。小松さんは「生産にかかるコストが上がっても、農産物価格に転嫁しにくいのが現実。消費者が手に取ってくれなければ当然、売り上げにならない」と嘆く。14、15年前がピークだったという刈屋ナシの市場価格も、現在はほぼ半値だという。「安ければいい」といった消費者の風潮に疑問を投げ掛ける。農産物の輸送にかかる環境負荷をどう考えるのか、といった視点も気にかかる。

 小松さんは、酒田の豊かな自然を素材とし、農業体験メニューなどを提供する「酒田市グリーン・ツーリズム推進協議会」の代表を務めている。「平成の大合併」で新・酒田市が誕生した05年度に合わせて設立した。「車で30分圏内で海、山、平野を回ることができる地域は、そうはないはず」と酒田の魅力を口にする。地域を見詰め、その魅力を発信することで地域に活力を生み出したいとの狙いがある一方、地域に暮らす自分たちにとって新たな発見につながる、との思いもある。

 取材に訪れた日は、地元の高校生1人が職場体験の一環として、小松さんの園地を訪れ、作業の様子を見学したり、県内外に発送する箱詰め作業などを手伝っていた。地元の幼稚園や小学校などの求めで、園地に子どもたちを招き食育指導を行うこともある小松さんは「農業の大切さを子どもたちに教えていかなければいけない」と話す。食を見詰めることの大切さを次世代に伝えていく。そこに地域の生きる道があるのかもしれない。
(「食と農を問う」取材班)

 【和ナシの収穫量】農林水産統計(農林水産省、2008年)によると、国内の和ナシ収穫量は32万8200トン。最大の産地は千葉県で3万9400トン、2位は茨城県で3万3200トン、3位は福島県で2万5500トンと続く。本県は2060トンで全体の0.6%程度。一方、西洋ナシは、全国の収穫量3万3500トンに対し、本県は2万1200トンで全体の約63%を占めトップ。
(2009年09月20日 掲載)
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