食と農を問う

県産新品種で巻き返し 夏秋で勝負、切り札に育てる

収穫したサマーティアラを前に笑顔を見せる伊藤和雄さんと妻みさ子さん
収穫したサマーティアラを前に笑顔を見せる伊藤和雄さんと妻みさ子さん
 そうそう。イチゴっていえば、コンデンスミルクをかけて食べていたっけ。牛乳と砂糖を入れてつぶしたり。腹が平らでぎざぎざが付いた専用スプーンもあったなあ。
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 県庁9階の生産技術課。技術調整専門員の大嶋博之さん(48)と話していて、思わず相づちを打った。でも今はそんなことはせず、そのまま食べるけど。その間には、よりおいしいイチゴを市場に出すための絶えざる競争の歴史があったという。

 県内で以前、よく出回っていたのは「宝交早生(ほうこうわせ)」という品種。庄内地方を中心に昭和50〜60年代まで、盛んに作られていた。その後、山形のイチゴ生産は急速に衰退する。栃木県の「女峰(にょほう)」「とちおとめ」、福岡県の「とよのか」「あまおう」など、温暖な土地の栽培に適した新たなライバルが、全国を席巻したからだ。水っぽくて形が崩れやすい宝交早生は、そのまま食べても甘くておいしい極上品種には、太刀打ちできなかった。

 巻き返しを図るにはどうすればいいか。国内で通常、イチゴが出回るのは12月から5月。この時期に同じ土俵で勝負しようとしても、寒い山形では暖房コストがかさむし、南の旬には追い付けない。ただし、出荷の空白期間となる6〜11月にも、ケーキなどの業務用にイチゴの需要はある。今は多くが米国などから輸入されているが、食の安全への意識が高まった昨今は、国内産を求める声が強い。

サマーティアラの産地形成に情熱を傾ける佐藤善一さん=酒田市
サマーティアラの産地形成に情熱を傾ける佐藤善一さん=酒田市
 そんな中、本県産イチゴの新たな切り札になりそうなのが、夏から秋にかけても収穫できる「サマーティアラ」だ。これまでもベンチャー企業などが夏秋イチゴに取り組んできたが、口に入れると返ってくる反応は「酸っぱい」。これに比べ、県が生み出して昨年世に出たサマーティアラは、収量が多い上に香りや見た目が良く、さらに生食でもおいしい。東京の市場関係者からも「これだけのレベルは初めて」と好感触を得た。新たな産地化を目指して、庄内と最上地方の農家が昨年から、試験的に栽培・出荷を進めている。

 早速産地に向かった。鮭川村の伊藤和雄さん(52)のハウスは新庄市との境、丘陵の間に農地が広がる一角にある。以前作っていたシシトウ、パプリカからイチゴに切り替えて3年目。胸の高さで実ったイチゴを妻みさ子さん(52)、長男剛さん(28)と共に、ワゴンに載せたトレーに収穫していた。

 サマーティアラの株が育つのは地面ではない。「二槽ハンモック気化冷却ベンチ」の上。難しい名前を持つこのベンチは、県最上総合支庁農業技術普及課産地研究室(新庄市)が開発、特許を取得した。肥料入り養液が、イチゴが根を張るやしがら培地を通って、下にたまる仕組み。養液が培地の熱を奪いながら気化するため、イチゴの育ちやすい環境が保たれる。最上地方でサマーティアラを手掛ける農家6戸は共通して、地元生まれのベンチを活用している。

 イチゴ栽培は、剛さんの希望だった。4年ほど前、新たに始めたい作物のリストを作り、県立農業大学校(新庄市)時代の恩師に相談。リストの中にはイチゴも含まれていた。「イチゴなら今、産地研究室で取り組んでいるぞ」。恩師の言葉に早速研究室に通い、学んだ。

毎日ハウスを回って管理する伊藤さんの長男剛さん=鮭川村
毎日ハウスを回って管理する伊藤さんの長男剛さん=鮭川村
 剛さんは毎日何度もハウスを回り、株の状態を見ては古い葉を摘み、給水を管理している。「色づいたイチゴを見ると、やりがいを感じる」。サマーティアラは、来年が本格デビューの年。和雄さんも「イチゴはすべてサマーティアラに切り替えたい」と意気込む。

 一方、佐藤善一さん(52)のハウスは、日本海に近い酒田市の砂丘地にある。21歳で就農した佐藤さんが初め作ったのは宝交早生。間もなくメロンに転換し、長年打ち込んできた。しかし十数年前、メロンの需給バランスが崩れたため新たな方向性を模索。イチゴの高設栽培も始めて14年になる。最近では春イチゴ、夏秋イチゴを併せ「一年中イチゴが取れる」までになった。

 「いい品種だから、いいメンバーがそろえば産地形成できる。ほんとで、頑張った人が報われる。収量も品質も、間違いなく上げられる」。昨年からサマーティアラに取り組んでいる佐藤さんの実感だ。昨年は450株だったが、今年はハウス5棟で合計7500株。庄内の仲間10人ほども、栽培に加わった。佐藤さんが摘んだ実をほおばる。甘味と酸味が程よいバランスで口の中に広がった。

 本格デビューを控えサマーティアラの未来は順風満帆に見える。しかし、100億円市場ともいわれ有望な夏秋イチゴに目を付けているのは、当然山形だけではない。各地の試験研究機関が新品種開発にしのぎを削り、佐藤さんの畑には県外からを含め視察が相次ぐ。大嶋さんは言う。「サマーティアラは、百鬼夜行の戦場に殴り込みをかけている真っ最中なんです」

 すると、佐藤さんや伊藤さんはさしずめ、荒海に乗り出した勇敢な航海者といったところか。だからこそ、佐藤さんが何度も繰り返した言葉が、切実によみがえる。

 「市場は『作れば作るほど売れる』と言ってくれるが、安定供給できなければ生き残れない。そのためには仲間を増やし、品質を安定させること。農協や地域の枠を超えて『山形県のサマーティアラ』を一つになって推進しなければ」
(「食と農を問う」取材班)

【サマーティアラ】県庄内総合支庁農業技術普及課産地研究室(酒田市)が育成。昨年、農林水産省に品種登録出願、公表を経て世に出た。従来の夏秋イチゴに比べ味、香りが特に優れているため、ケーキなど業務用マーケットの主力品種になると期待されている。名前は夏にも収穫できることや、ケーキを飾るティアラ(宝冠)をイメージした。
(2009年09月13日 掲載)
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