少人数客にターゲットを絞り込む。この戦略で成功した本県の筆頭格に、上山市かみのやま温泉の名月荘は挙げられよう。ハイクラスの料金設定だが、6~7割がリピーターといい顧客満足度は極めて高い。
「リピーター率の高さ、そこがうちの生命線」と菊池敏行社長(69)。オーラの漂う宿風情、質の高いサービスとは対照的に、飾らない人柄が持ち味だ。先代から引き継ぎ、現在地に移転して18年目。経営路線に迷いはない。
離れの全20室は増やさず、毎年1室ずつ改装を加えていく。「絶えずお客の楽しみを生み出す。宿にできるイノベーションったな」。今冬は廊下の一部も改造、アンティークな暖炉を備え、自慢の中庭が望めるラウンジに仕上げた。
客を飽きさせない仕掛けは旅館本体だけでない。敷地の山側に8年前、秋田県から文庫蔵を移築。重厚な空間は本県のアーティストやデザイナーが腕を競うギャラリーとして知られる。旅館の名にちなんで満月の夜には、国内外の奏者を招くムーンライトコンサートの会場にもなる。
口コミには敏感だが、2カ月の従業員研修で特別なことはしていないと菊池社長。接客の高い評価の秘訣(ひけつ)を聞くと「お客が従業員を褒め育て、従業員はもっと褒めてもらいたくて尽くす」。宿の質を高める好循環が構築されている。
少人数客に絞り込んだ路線を確立した上山市の名月荘。しかし、近年新たな形態として出始めた大型リゾートチェーンや会員制ホテルに対する危機感は、やはりある。
■大型施設と勝負
世界に通用する宿づくりを目指し、全国の34軒が「日本 味の宿」を設立。本県からは名月荘を含む2軒が名を連ねた。▽主人・女将の顔が見える▽地域に根差した宿づくり▽地域のコンシェルジュ的存在▽地産地消▽客目線のもてなし―がコンセプト。菊池友伸専務(37)は「味の宿の意味には料理そのものだけでなく、しつらえや雰囲気までを含んでいる。大型施設にはできない個性を磨き上げていく知恵を集めて勝負したい」。
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四季の移ろいを楽しめる客室、新幹線を望むラウンジの椅子は2脚ずつ。「おふたりさま専用」は、米沢市の湯の沢温泉「時の宿すみれ」の代名詞だ。
カップルだけではない。水入らずの夫婦、久々に再会した女性友達、父と娘…。「互いの距離を縮めたり、理解を深め合ったり。そんな特別な時間を提供したいと考え2人限定に」と女将の黄木綾子さんは話す。3代目として引き継いだ2005年に改装。団体やグループ、ビジネス客も受け入れてきた宿は生まれ変わった。
■思いを積極発信
全てタイプの違う10室は時計もテレビもない。女将いわく「お風呂に入って、食事を取ってと旅館のひとときは長いようであっという間。時を忘れる解放感、時を刻む思い出づくりのお手伝いをしたい」。米沢牛づくしの創作懐石料理も客を引きつけている。
東日本大震災の風評被害が尾を引く置賜。震災後、ホームページのブログで宿泊客の感想、女将の思いを積極的に伝えるようになった。「人と人とのご縁、つながりを大切にしたい気持ちが一層強くなった」。客への感謝を込めて、きょうも宿の今を発信する。
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