連載企画
飯豊連峰縦走
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■雲の中“熟れた”太陽<第2日> 草履塚や姥権現…地名に信仰の歴史
2010年07月27日 掲載
切合小屋で迎えた朝、印象的な日の出の風景が広がった=27日午前4時49分
同4時40分すぎ、管理人の長谷川伸平さん(74)=福島県喜多方市=が「太陽がきれいだよ」と教えてくれた。熟れた果実のように赤い太陽が、雲の中から浮き上がる。「きれい」。眺めていた登山者から声が上がる。 長谷川さんは高校を卒業してからずっと、この仕事に携わっている。小屋の管理は祖父の代以来。飯豊登山の変遷を教えてくれた。昭和20年代初めまでは信仰の山。復員兵が無事帰還できたお礼参りに登ることも多かった。「30年代から40年代は若者の山」。高校や大学の山岳部、ワンダーフォーゲル部員の姿が目立った。それが50年代から切り替わり始め、60年代以降は中高年のツアー客が中心を占めるようになったという。小屋に泊まっていたほかのパーティーも、ほとんどが中高年。そのうち、喜多方市からの登山者は「あとは下るだけだから」と、パスタとチョコレート、あめをわれわれにプレゼントしてくれた。
岩が切り立つ御秘所を越える縦走隊=午前7時37分
昔、小松村(現川西町)に飯豊山を深く信仰している女がいた。男の3倍も5倍も精進したら、女人禁制の山に登っても罰など当たらないだろうと思い、100日間の精進を済ませて飯豊山に登った。頂上まであと一息という所で急に疲れを覚えたので、道端の石に腰を下ろして一休みしたところ、女はそのまま石になってしまったという。 かつて行者が最後の登りの前にわらじを履き替えたという草履塚、尾根上に岩場が続く御秘所は霧の中。飯豊山はもうすぐだ。 (飯豊連峰縦走取材班) 飯豊連峰縦走 記事一覧
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