世界最大の山脈ヒマラヤ。全長2400キロにも及ぶ長大な山脈は、インド半島がユーラシア大陸に衝突することで持ち上げられたとされる。「ヒマラヤの造山運動は現在も進行中。2005年10月のパキスタン地震は、その一環で起きた活断層による内陸直下型地震」。山形大教授の八木浩司は語る。
八木は地震後、何度も現地に入り、詳細な調査を実施している。震源はインドとパキスタンの紛争地帯であるカシミール地方。通常は外国人が立ち入ることを許されない場所だったが、地質調査で日本が技術支援していたことなどが縁で、調査団に加わった。
一変した様相
地震の規模はマグニチュード7.6だった。首都イスラマバード近郊では高層アパートが一瞬にして崩壊、日本人親子が巻き込まれるなど、犠牲者は7万4千人を超えた。
東日本大震災の死者・行方不明者の4倍以上という大災害だったが、八木は「ほとんどの場所では平穏な生活が営まれていた」と当時を振り返る。牛を追う人の姿、食事の準備なのだろう、家々からのどかに煙が立ち上っていた。だが、断層の直近では様相が一変する。「それは徐々に被害が大きくなるというものではなく、明瞭な変化だった」
都市部では橋がずれ動き、ビルが倒壊。3階建ての市場は柱が持ちこたえられずペシャンコにつぶされた。つり橋は落ち、断層が走る山間部ではあちこちで地滑りが発生した。「まるで山がシャッターを下ろしたように、灰色の地層がむき出しになっていた。最も大規模な地滑りは長さ2キロ、幅500メートル。山で暮らしを営む人々は家ごとのみ込まれた」
川を挟んでインド軍とパキスタン軍が対峙(たいじ)していた。尾根の上からインド軍が照準を合わせて監視している中での調査だった。「不審な動きをすると狙われるので堂々としていてください」と注意を受けた。
地震による地滑り被害から逃れるため、危険地帯にトンネルを掘ればいいのではないか。八木は同行したパキスタン人に提案したが、即座に却下された。「平和を望むなら、相手から自分たちが何をしているか見えるようにしなきゃいけない。トンネルなど掘ったら、武器を隠しているのではと疑われる。紛争がエスカレートしないよう、あえてトンネルは造らない」
倒壊したわが家をのぞき込む村人。パキスタン地震では多くの犠牲者が出た(八木浩司氏提供)
同様の事態に
ヒマラヤとパキスタン地震と山形。一見何の共通点もないように思えるかもしれない。しかし、実はパキスタン地震は本県の地震防災上、実に示唆に富む教訓を残した。
「山形には山形盆地断層帯や長井盆地西縁断層帯など、いずれも山間部を走る断層がある。仮にこれらの断層が動いた場合、山間地では、パキスタン地震と同じことが起こる」と八木は話す。つまり、背後の山地斜面が家を襲い、橋が崩落、集落はたちまち孤立状態に陥る。
すべての斜面をがっちり固め、道路や橋脚を完璧なものにできればそれに越したことはない。しかし現実には巨額な費用がかかり困難だろう。「集落の中でどこが安全か行政も住民も共有しておく。携帯電話に依存せず、非常時の情報伝達の仕組みを考えておく。できれば、集落内の誰かが必ずアマチュア無線免許を取っておくようにもしておきたい」=敬称略
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